「東京西部」の概要

はじめに

「東京西部」は、昭和17~19年にかけて作成された三千分一地形図で、現在の多摩地域を中心に262面(不明の地図1面を含む)から構成される戦時期の貴重な地図資料です。当ページでは、「東京西部」の原図・印刷図について、清水(1996)、清水編(2004)を参考にしながら、その特徴を分かりやすく紹介します。

(1)「東京西部」の作成機関

「東京西部」の図郭外左下隅には、『大日本帝国陸地測量部』と『都市計画東京地方委員会』の名称が併記されています。日本国際地図学会(1969)がまとめた「明治以降 本邦地図目録」には、『1:3,000東京近傍』(「東京西部」に相当)一覧が掲載されており、その説明文に「東京都の依頼で空中写真測量図化」と記されています。

この説明が正確であるとすれば、「東京西部」の計画主体は都市計画東京地方委員会であり、実際の図化(作成)を担ったのは陸地測量部であったと考えられます。なお、都市計画東京地方委員会は旧内務省の出先機関、陸地測量部は国土地理院の前身の機関です。

(2)「東京西部」の作成範囲

「東京西部」は全部で262面からなる地図ですが、そのうち1面(西46-2 二宮)だけ原図・印刷図が見つかっていません。ただし、当時は作成されていたと考えられるため、本サイトでも262面として扱っています。まずは、どの範囲を作成しているかを地図で示します(下図)。

「東京西部」の地図は、多摩丘陵を境に北側(北多摩地域)と南側(南多摩地域)の2つに分かれています。

・北多摩地域…武蔵野台地に広がる、かつての北多摩郡・西多摩郡・南多摩郡(いわゆる「三多摩」)の市町村を中心に、東京23区や埼玉県・神奈川県の一部まで含まれています。
・南多摩地域…旧南多摩郡と神奈川県の一部が対象になっています。

戦前の三多摩地域には軍事施設や軍需工場が多く集まっていましたが、現在ほど都市化が進んでおらず、自然の姿が多く残っていたことが地図から読み取れます。

また、全域が描かれている市は11市(立川市、武蔵野市、三鷹市、府中市、昭島市、小金井市、小平市、国分寺市、国立市、東大和市、西東京市)、ほぼ全域が描かれている市は5市(調布市、日野市、福生市、東久留米市、武蔵村山市)にのぼります。

「東京西部」の作成範囲

(3)「東京西部」の図郭と地図の現存状況

清水(1996)によると、昭和14~15年に都市計画東京地方委員会が2万5千分1地形図をもとに横3分・縦2分の1万分1地形図を作成しました。「東京西部」は、その1万分1地形図をさらに横1分・縦40秒で9分割した大きさを1図葉としています。

各図葉には「西3」~「西49」の総図番号と、「1」~「9」の号数が付けられており、国土地理院ではこれらを組み合わせた「西3-1」のような形式を"図番"と呼んでいます。また、図名も他の地形図と同様に付けられています。

今回、各図葉の四隅に記されている旧日本測地系の経緯度座標値を確認しながら図郭メッシュデータを新たに作成し、GISでの解析に活用しました。なお、図郭とは地図を区切るための"枠"のことです。

また、国土地理院では原図244枚と印刷図162枚を所蔵しており、1面を除いていずれかが残っています。そのため、戦前の三多摩地域における地形や土地利用など、武蔵野台地の原風景を大縮尺の地形図によって知ることができます。

「東京西部」の図郭と地図の現存状況

(4)「東京西部」の作成(測量)年と作成地域との関係

「東京西部」の図郭外左上には、「昭和十七年六月空中写真測量」「昭和十八年九月空中写真測図」といった整飾が記されています。これらをもとに作成年を整理すると、次のような特徴が見えてきます。

①昭和17年6月に最初の20面が作成され、その後は秋から春にかけて集中的に作業が進められています。最後の2面は昭和19年12月に作成され、印刷図は終戦の年に刊行されたようです。
②作成は、現在の三鷹市・小金井市・立川市・昭島市などの中央線・青梅線沿いの地域から始まり、そこから周囲へ広がっていったと考えられます。
③1つの総図(9面)を同じ時期にまとめて作業し、図葉同士のつながりを確認しながら作成していたことが、原図に残された修正指示から分かります。

なお、作成年の記載がない図が3面ありますが、周囲の図の作成年を参考に、仮の作成年を設定しています。

「東京西部」の作成(測量)年

本ページの内容は、主に清水(1996)、清水編(2004)、日本国際地図学会(1969)に基づく。詳細な参考文献は「参考資料」を参照。