西19-2 府中西南部

三千分一地形図「東京西部」西19-2 府中西南部(原図)
西19-2 府中西南部(原図)
「西19-2 府中西南部」と同じ範囲の現在の地図
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「西19-2 府中西南部」の情報
属性 内容
図番・図名 西19-2 府中西南部(ふちゅうせいなんぶ)
測量・測図年 昭和19年2月
地図の種類 原図、印刷図
地図の区分(描図法) 縮小図
地図に含まれる現在の行政名・町名 府中市美好町・分梅町・南町・片町・宮西町・本町・宮町・矢崎町
地図に表示されている注記 行政名:北多摩、多磨村、西府村、府中町
町名・集落名:片町、京所、神戸、芝間、新宿、分梅、本町、矢崎、屋敷分
学校・教育・運動施設名:府中保育園
建物・住宅名:鉄道官舎
神社・寺院・宗教施設名:大國魂神社、華蔵院、高安寺、光明院、常光寺、善明寺
鉄道名:貨物線、京王電気軌道、南武鉄道、南武鉄道
駅名:ふちゅうほんまち、ぶばいがはら
道路名:甲州街道
橋梁名:新田川橋、清月橋
河川・池沼・上水名:府中用水
遺跡・城跡名:分倍河原古戦場
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/4,000で作成された縮小図で、左上には印刷図に仕立てる際の図郭の引き伸ばし寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれており、主要な地名や地物の注記が書き込まれている。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の全域は現在の府中市に相当する。図に記されている「多磨村」・「西府村」・「府中町」は、1954(昭和29)年に合併し、市制施行によって府中市となった。
・図の中央右寄りを南北に走る貨物線は「下河原貨物線」である。多摩川で採取した砂利などを運搬していたが、1976(昭和51)年に廃止された。また、1933(昭和8)年の東京競馬場開設に伴い旅客輸送も行うため、線路の敷設と駅が設けられた。駅名の注記はないが、南武鉄道の線路より西側に描かれた建物が駅施設と考えられる。
・左上には「分倍河原古戦場」の注記と、記念碑・戦跡を示す記号が描かれている。1333年5月、新田義貞が上州(群馬県)で挙兵して鎌倉幕府討幕の兵を進め、この地で北条泰家率いる幕府軍と戦って勝利し、その勢いで鎌倉へ攻め込んだと伝えられている。
・図には「府中用水」の注記が2か所に描かれている。現在は南武線の西側を南へ流下しているが、図にはその水路は描かれていない。かつて低地部で網目状に流れていた府中用水が、宅地化の進展に伴って整理され、現在の流路に再編されたものと考えられる。また、左辺中央下から下辺中央右へ流れる水路は、府中用水から分岐した新田川である。
・右上に描かれている「大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)」は、第12代景行天皇41年(西暦111年)に創建されたと伝えられ、のちに武蔵国の総社として位置づけられた古社である。総社とは、国内各地に点在する神社の祭神を一か所にまとめて祀り、国司が着任時や年中行事の際に参拝した拠点で、武蔵国における政治・祭祀の中心的役割を担っていた。
③その他
・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。
・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか