西32-2 木曽

三千分一地形図「東京西部」西32-2 木曽(原図)
西32-2 木曽(原図)
「西32-2 木曽」と同じ範囲の現在の地図
「西32-2 木曽」と同じ範囲の現在の地図

「西32-2 木曽」の情報
属性 内容
図番・図名 西32-2 木曽(きそ)
測量・測図年 昭和18年12月
地図の種類 原図、印刷図
地図の区分(描図法) 縮小図
地図に含まれる現在の行政名・町名 町田市木曽西・木曽東・山崎・木曽、相模原市中央区東淵野辺、南区古淵
地図に表示されている注記 行政名:高座、相模原町、忠生村、南多摩
町名・集落名:木曽、境川、滝野沢、淵野辺、谷戸、横丁
神社・寺院・宗教施設名:金比羅神社、伝重寺
橋梁名:境川橋
河川・池沼・上水名:境川
その他の地名:一本松
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/4,000で作成された縮小図で、左上には印刷図に仕立てる際の図郭の引き伸ばし寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれており、主要な地名や地物の注記は貼り込みで示されている。
・本図には、他の原図で図郭外右上に朱色で押印されている「軍事秘密」の表示が見られない。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の左下を流れる境川より東側が現在の町田市、西側が相模原市中央区および南区に相当する。図の中央やや右寄りに記されている「忠生村」は、1958(昭和33)年に町田町、鶴川村、堺村と合併し、市制施行により町田市の一部となった。旧相模原町の変遷については前述しているため、ここでは触れない。
・図の右上に描かれている窪地は、鶴見川の支流である恩田川の一支流が相模野段丘面を侵食して形成した谷地の末端で、現在は調整池となっている。
・この窪地の西に「一本松」の注記が記されている。ここは時期は不明であるが「富士塚(提灯塚)」と呼ばれる遺跡で、こんもりとした塚状の地形になっている。かつては松の大木がそびえ、「一本松」と地元で呼ばれていたが、戦後の火災により焼失し、現在は残っていない。
③その他
・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。
・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか