西39-5 平山西北部

三千分一地形図「東京西部」西39-5 平山西北部(原図)
西39-5 平山西北部(原図)
「西39-5 平山西北部」と同じ範囲の現在の地図
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「西39-5 平山西北部」の情報
属性 内容
図番・図名 西39-5 平山西北部(ひらやませいほくぶ)
測量・測図年 昭和19年3月
地図の種類 原図のみ
地図の区分(描図法) 縮小図
地図に含まれる現在の行政名・町名 八王子市長沼町、日野市西平山・東平山・旭が丘・豊田
地図に表示されている注記 行政名:七生村、日野町、南多摩
町名・集落名:豊田、中込、平山、宮ノ下
神社・寺院・宗教施設名:八幡神社
公園施設名:鮫陵源
鉄道名:中央本線
河川・池沼・上水名:浅川
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/4,000で作成された縮小図で、左上には印刷図に仕立てる際の図郭の引き伸ばし寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれており、主要な地名や地物の注記は、書き込みと貼り込みが混在している。
・本図には、他の原図で図郭外右上に朱色で押印されている「軍事秘密」の表示が見られない。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図のほぼ全域は現在の日野市で、左下隅には八王子市がわずかに見える。旧町村の変遷については前述しているため、ここでは触れない。
・本図には南西―北東方向に等高線が密になる(2~3本)箇所があり、いずれも段丘崖である。なお、ここの地形の様子は、国土地理院の治水地形分類図を参照すると分かりやすい。
・右下に描かれている「鮫陵源(こうりょうげん)」は、実業家・鮫島亀之助氏が浅川沿いの河岸段丘の湧水を利用して開いた、養殖を兼ねた娯楽施設で、1936(昭和11)年に開園した。本人の没後、1943(昭和18)年に経営が中止され、建物は軍服の肩章を作る工場となったと伝えられている。