西42-3 淵野辺駅

西42-3 淵野辺駅(原図)

「西42-3 淵野辺駅」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西42-3 淵野辺駅(ふちのべえき) |
| 測量・測図年 | 昭和18年12月 |
| 地図の種類 | 原図、印刷図 |
| 地図の区分(描図法) | 縮小図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 相模原市中央区矢部・鹿沼台・富士見・相生・千代田・高根・弥栄・共和・並木・淵野辺・由野台 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:高座、相模原町 町名・集落名:淵野辺、矢部新田 官公庁・研究所名:都市区画出張所 駅名:ふちのべ |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・縮尺1/4,000で作成された縮小図で、左上には印刷図に仕立てる際の図郭の引き伸ばし寸法が記されている。 ・等高線は5m間隔で描かれており、主要な地名や地物の注記は、書き込みと貼り込みが混在している。 ・本図には、他の原図で図郭外右上に朱色で押印されている「軍事秘密」の表示が見られない。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・図の全域は現在の相模原市中央区に相当する。旧相模原町の変遷については前述しているため、ここでは触れない。 ・右上隅に横浜線「淵野辺駅」が描かれているが、その南側の建物は「都市計画出張所」であり、印刷図には注記があるものの、原図には注記が記されていない。1930年代後半からは陸軍の諸施設が相次いで建設され、それに伴い住居地域・商業地域・工業地域・学校・公園などを配置した、10万人規模の都市計画「相模原都市建設区画整理事業」が1939(昭和14)年11月に神奈川県で決定された。「東京西部」の地図には、その一部ではあるが、この都市計画の様子がうかがえる。 ・右下の両ケバの土手で囲まれた敷地は、機甲車両(戦車)の整備に関する教育を行っていた「陸軍機甲整備学校」で、1942(昭和17)年に建設された。 ・右上の窪地は、かつて「鹿沼」と呼ばれていた沼地の跡である。相模原の地元の昔話では、巨人「でいらぼっち」が残した足跡が沼になったと伝えられている。現在は鹿沼公園として整備されている。 ③その他 ・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。 ・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか |