明治初期の東京と測量機関の変遷

はじめに

明治初期は、東京の都市形成が本格的に進み始めるとともに、近代測量制度の整備が始まった重要な時期です。本ページでは、幕末維新期ほど注目されることの少ないこの時期の東京の姿、測量機関の組織的変遷、そして明治初期に作成された地図を資料に基づいて紹介します。

(1)明治維新後の江戸(東京)の様子

慶応4年(1868)、徳川幕府が江戸城を新政府に明け渡したこと(いわゆる無血開城)で、江戸は戦禍を免れました。しかし、江戸に在住していた大名や御家人が領地へ帰還し、得意先を失った御用達商人も店を閉じて去ったため、江戸の人口は最盛期の約100万人から60万人ほどに減少したといわれています。

明治2年、新政府は接収した武家地を払下げまたは貸与し、桑畑・茶畑へ転用する政策(桑茶政策)を実施しました。その結果、合計110万6,770坪の屋敷地が畑地へと転換されたとされています(藤森,1982)。

行政面では、明治元年(1868)に武蔵国江戸へ「東京府」が設置され、明治5年(1872)に「郡区町村編制法」により東京府内に東京15区と6郡が置かれました。東京府の15区が「東京市」となったのは明治22年(1889)であり、したがって東京図測量原図の内容は、東京市成立以前の状況を記録したものです。

明治維新後、江戸(東京)は幾度かの大火に見舞われながらも、近代化政策が着実に進められました。品川-横浜間の鉄道開業(明治5年)、学制の公布(明治5年)、地租改正の発布(明治6年)などの施策が相次いで実施され、明治10年の西南戦争を経て、いわゆる鹿鳴館時代を迎えることになります。

(2)明治初期における測量機関の変遷

明治初期の測量機関の変遷について、日本地図センター(1984)、星埜(2018)などを参考に整理します。以下の文章は、後掲の変遷図と対応しています。

明治期に入ると、地図作成は内務省地理局系陸軍参謀本部系の二系統が中心となりました。最初に三角測量に着手したのは、明治4年に工務省内に設置された「測量司」で、翌年には東京府内で三角測量を実施しています。測量司は明治7年、内務省地理寮の設置に伴い「内務省地理寮測量司」として編入され、明治8年には関東地方で大三角測量(一等三角測量に相当)を実施しました。その後、明治10年に「内務省地理局」となり、各種地図の作成を進めていきました。

一方、陸軍系の測量事業は、明治4年設置の「兵部省参謀局間諜隊」を起源とし、翌年には「陸軍省参謀局」と改称されました。明治7年には第五課(地図作成を担当)と第六課(測量を担当)に分掌し、測量・製図事業を展開していきます。

こうした二系統の体制は、明治17年に大三角測量が内務省から参謀本部へ移管されたことで、測量事業としては一本化されました。続いて、明治21年には参謀本部内に「陸地測量部」が創設され、明治23年の「陸地測量標条例」公布により、国家的な地図作成機関としての制度的枠組みが整えられました

なお、現在の国土交通省国土地理院は、明治4年に設置された「民部官庶務司戸籍地図掛」を前身としています。同掛は戸籍地図の作成・整備を目的として設置されたもので、明治初期における地図作成行政の源流の一つと位置づけられます。その後、内務省地理寮・地理局を経て、陸地測量部へと制度的整備が進む過程で、国の地図作成機関としての機能が発展し、現在の国土地理院へと継承されました。

明治初期における測量機関の変遷

(3)明治初期の地図作成は内務省地理局が中心だった

明治初期の国による地図作成は、内務省地理局が中心となって進められました。三角測量の実施と各種地図の整備が体系的に行われたのはこの系統であり、明治17年に大三角測量が参謀本部へ移管された後も、地図作成事業は引き続き内務省で行われました。

以下の表は、明治20年までに作成された主な地図を、内務省地理局作成図と参謀局・参謀本部作成図に分けて整理したものです。この一覧表からは、内務省地理局が全国各地の地図作成を担っていたことが分かります。

なお、明治23年3月27日に公布された陸地測量標条例以前に作成された参謀局・参謀本部作成の地図は、基本測量成果ではなく、"地理資料扱い"となります。

明治10~20年の内務省地理局及び参謀局・参謀本部作成図一覧
作成年 内務省地理局作成の地図 参謀局・参謀本部作成の地図
明治10年(1877) 東京上野公園地実測図(1/2,500) 大日本全圖
明治11年(1878) 実測東京全図(1/43,000)
実測畿内全図(1/216,000)
明治12年(1879) 大日本府県管轄図(1/864,000)
駿河甲斐伊豆三州図(1/216,000)
伊豆七島並小笠原群島之図(1/216,000)
相模武蔵二州図(1/216,000)
明治13年(1880) 大日本国全図(1/864,000)
伊賀伊勢志摩尾張四州図(1/216,000)
二万分一迅速測図原図
二万分一迅速測図・仮製図
明治14年(1881) 大日本府県分轄図(1/864,000)
横浜実測図(1/5,000)
兵庫神戸実測図(1/5,000)
明治16年(1883) 小笠原群島之図(1/100,000) 五千分一東京図測量原図
明治18年(1885) 東京実測原図(1/5,000)
明治19年(1886) 大阪實測圖(1/5,000) 二万分一正式図、輯製二十万分一図
明治20年(1887) 改正北海道全図(1/500,000) 五千分一東京図