西11-1 野中

三千分一地形図「東京西部」西11-1 野中(原図)
西11-1 野中(原図)
「西11-1 野中」と同じ範囲の現在の地図
「西11-1 野中」と同じ範囲の現在の地図

「西11-1 野中」の情報
属性 内容
図番・図名 西11-1 野中(のなか)
測量・測図年 昭和18年4月
地図の種類 原図のみ
地図の区分(描図法) 原寸図
地図に含まれる現在の行政名・町名 小平市花小金井・大沼町・天神町・鈴木町・花小金井南町、東久留米市弥生
地図に表示されている注記 行政名:久留米村、小平村
町名・集落名:大沼田新田、通野中、野中新田善左衛門組
学校・教育・運動施設名:拓殖大学農場、拓殖大学予科
病院・厚生施設名:昭和病院
鉄道名:西武鉄道村山線
駅名:はなこがねい、ひがしこだいら
道路名:青梅街道
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/3,000で作成された原寸図で、図郭外の上・下には印刷図の寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれているが、図郭外にある修正指示を除けば、手描きの痕跡がほとんどなく、地図用紙に複写した図のように見える。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の大部分は現在の小平市に相当し、上中央の一部が東久留米市の範囲である。
・図に記されている「小平村」は、1944(昭和19)年に小平町となり、1962(昭和37)年の市制施行により小平市となった。「久留米村」は、1956(昭和31)年に久留米町となり、1970(昭和45)年に市制施行して東久留米市となった。
・図中には「大沼田(おんだ)新田」「野中新田善左衛門組」などの地名が見られ、図全体に細長い短冊状の地割りが広がっている。これは新田開発地帯に特徴的な区画形態で、細長い地所が規則的に並ぶ様子から、当時の土地利用のあり方がうかがえる。
・図中央を東西に走る青梅街道と、西武鉄道村山線(現在の西武新宿線)が交差する箇所は、直線ではなくS字カーブで描かれている。踏切における鉄道と道路の交差角は45度以上であることが望ましいとされ、この基準に合わせるためにこのような線形になったと考えられている。
・西武鉄道村山線のS字カーブ左端には「東小平駅」が描かれている。同駅は1940(昭和15)年に開設され、戦後に廃止された。「西10-7 大沼田」で述べた早大久留米道場へ向かう学生たちは、この駅で下車し、約2kmを歩いて通ったという。
・図の左辺中央上から右下隅にかけて、太実線・破線・ケバ記号が組み合わさった直線状の線が描かれている。これは村山貯水池(多摩湖)から境浄水場へ向かう送水管の上に道路(徒歩道)が敷設されていたもので、当時は「水道道路」と呼ばれていた。現在は保谷狭山自然公園自転車道(別名・多摩湖自転車歩行者道)として整備され、市民に親しまれている。