西12-1 小金井

西12-1 小金井(印刷図)

「西12-1 小金井」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西12-1 小金井(こがねい) |
| 測量・測図年 | 昭和17年6月 |
| 地図の種類 | 原図、印刷図 |
| 地図の区分(描図法) | 詳細原寸図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 小金井市貫井北町・本町・緑町・前原町・貫井南町・中町 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:小金井町 町名・集落名:上山谷、中山谷、貫井、貫井坂上、貫井坂下、前原 学校・教育・運動施設名:小金井校、府立機械工校 会社・工場名:帝国ミシン工場 神社・寺院・宗教施設名:小金井神社、金蔵院、西念寺、幡隋院 墓・碑名:小金井小次郎墓 鉄道名:中央本線 駅名:むさしこがねい 橋梁名:前橋、丸山橋 坂名:質屋坂 遺跡・城跡名:金井原古戦場 その他の地名:モーリ農園 |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・「東京西部」の原図群は昭和17年6月に最初の20面が作成され、本図はその中の1面として描かれたものである。 ・縮尺は1/3,000、等高線は1m間隔で描かれている。図郭外に貼り込まれた測量年・縮尺バーなど4か所の整飾を除けば、地図面は細密で統一感のある線描で構成されている。 ・「東京西部」の原図群の中でもとりわけ完成度が高く、本サイトではその精度を踏まえて「詳細原寸図」としている。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・図の全域は現在の小金井市に相当する。中央右に記されている「小金井町」は、1958(昭和33)年の市制施行により小金井市になった。 ・図中央には東西方向に等高線が密に描かれており、これは段丘崖(国分寺崖線)を表すものである。中央部を横断する「質屋坂」と記された道は、現在も「質屋坂通り」としてほぼ同じ経路で残っている。 ・中央右に描かれている「小金井校」は、現在の小金井市立第一小学校にあたる。右上の「府立機械工校」は、現在の都立小金井工科高等学校および都立多摩科学技術高等学校に相当する。 ・図中央下の「金井原(かないはら)古戦場」は、南北朝時代の武蔵野合戦の一つで、北朝の足利尊氏と南朝の新田義興・義宗兄弟が戦った場所である。1936(昭和11)年に東京府指定古戦場となり、1955(昭和30)年には東京都指定旧跡に登録された。 ・右上に描かれている「帝国ミシン工場」は、1936(昭和11)年に帝国ミシン株式会社(蛇の目ミシンの前身)が建設した国産初のミシン量産工場(小金井工場)である。しかし戦時下では家庭用ミシンの製造が禁止され、軍需優先の政策のもと、海軍向け音響兵器の製作を行ったと伝えられている。 ③その他 ・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。 ・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか ・原図は現在掲載していない |