西12-4 多磨墓地

三千分一地形図「東京西部」西12-4 多磨墓地(原図)
西12-4 多磨墓地(原図)
「西12-4 多磨墓地」と同じ範囲の現在の地図
「西12-4 多磨墓地」と同じ範囲の現在の地図

「西12-4 多磨墓地」の情報
属性 内容
図番・図名 西12-4 多磨墓地(たまぼち)
測量・測図年 昭和17年6月
地図の種類 原図、印刷図
地図の区分(描図法) 詳細原寸図
地図に含まれる現在の行政名・町名 府中市浅間町・多磨町、小金井市前原町・貫井南町
地図に表示されている注記 行政名:小金井町、多磨村
町名・集落名:小金井、是政、貫井、貫井坂下、人見、蛇久保台、前原
会社・工場名:東京照明器具、横河電機
建物・住宅名:多磨火葬場
墓・碑名:多磨墓地、東郷平八郎墓
橋梁名:二枚橋
河川・池沼・上水名:野川
山名:浅間山
豆知識 ①地図全体の特徴
・「東京西部」の原図群は昭和17年6月に最初の20面が作成され、本図はその中の1面として描かれたものである。
・縮尺は1/3,000、等高線は1m間隔で描かれている。図郭外に貼り込まれた測量年・縮尺バーなど4か所の整飾を除けば、地図面は細密で統一感のある線描で構成されている。
・「東京西部」の原図群の中でもとりわけ完成度が高く、本サイトではその精度を踏まえて「詳細原寸図」としている。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図のほぼ上半分が現在の小金井市、下半分が府中市の範囲にあたる。
・図の中央下に記されている「多磨村」は、1954(昭和29)年に西府村・府中町と合併し、市制施行によって府中市となった。「小金井町」の変遷については前述しているため、ここでは触れない。
・図の右下を大きく占める「多磨墓地」は、海外の森林墓地を参考にして 1923(大正12)年に開設された、日本で最初の公園墓地である。1935(昭和10)年に「多磨霊園」と改称されたが、本図には改称前の名称が記されている。開設時の面積は約100万㎡で、その後 1939(昭和14)年に西側へ拡張され、現在は約128万㎡に達している。
・図の左上を斜めに通る小金井街道の東側中央付近には、「東京照明器具」と「横河電機」の建物が描かれている。しかし、印刷図ではこれらの部分が白地となっており、軍需工場であったために地物遮蔽として意図的な加工が施されたものと推察される。
・図の下辺中央左には「浅間山」と記された小高い丘が描かれている。現在は、下図(西12-7 人見)の範囲も含めて「浅間山公園」として市民に親しまれている。また、「浅間山」の地名の下には標高 79.423m の三角点が示されており、これは「東京西部」の地物位置精度ページで検証した二等三角点「人見」(No.3)に相当する。地理院地図との比較では、図上でわずか約1mの位置ずれしかなかった。
③その他
・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。
・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか