西13-7 東長沼

西13-7 東長沼(原図)

「西13-7 東長沼」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西13-7 東長沼(ひがしながぬま) |
| 測量・測図年 | 昭和18年4月 |
| 地図の種類 | 原図のみ |
| 地図の区分(描図法) | 原寸図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 稲城市東長沼・矢野口・押立 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:稲城村、北多摩、多磨村、南多摩 町名・集落名:後村、大丸、上新田、下新田、関場、中新田、番場、東長沼、本郷、百村 鉄道名:南武鉄道 駅名:いなぎながぬま |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・縮尺1/3,000で作成された原寸図で、図郭外の上・下・左には印刷図の寸法が記されている。 ・等高線は5m間隔で描かれているが、図郭外にある修正指示を除けば、手描きの痕跡がほとんどなく、地図用紙に複写した図のように見える。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・図の全域は現在の稲城市に相当する。しかし、右上隅の区域は戦前、旧多磨村に属していた。旧町村の変遷については前述しているため、ここでは触れない。 ・図には「百村」「後村」「本郷」など、語構成から古くからの村落名と考えられる地名が描かれている。これらの集落は多摩丘陵に近い微高地や山麓堆積地形の縁に立地している。一方、「上新田」「下新田」「中新田」は江戸時代以降の新田開発に由来する地名で、より多摩川に近い氾濫平野の中に分布している。地名と立地から、成立時期の異なる集落が地形に応じて配置されている様子が読み取れる。 ・図の右下に「文」の記号だけが描かれた学校がある。これは現在の稲城市立稲城第一小学校で、1871(明治4)年に創立された長沼郷学校を起源とする。郷学校は明治初期の教育制度に基づいて設置された学校で、稲城第一小学校はその伝統を受け継ぐ、都内でも特に長い歴史をもつ小学校である。 |