西13-9 稲田堤

三千分一地形図「東京西部」西13-9 稲田堤(原図)
西13-9 稲田堤(原図)
「西13-9 稲田堤」と同じ範囲の現在の地図
「西13-9 稲田堤」と同じ範囲の現在の地図

「西13-9 稲田堤」の情報
属性 内容
図番・図名 西13-9 稲田堤(いなだづつみ)
測量・測図年 昭和18年4月
地図の種類 原図のみ
地図の区分(描図法) 原寸図
地図に含まれる現在の行政名・町名 調布市多摩川・布田・小島町、川崎市多摩区菅野戸呂・菅稲田堤
地図に表示されている注記 行政名:川崎市、北多摩、調布町
町名・集落名:上布田散家、菅野戸呂、堤外、中島通
建物・住宅名:大映東京撮影所
公園施設名:京王閣
鉄道名:京王電気軌道
駅名:けいおうたまがわ
河川・池沼・上水名:多摩川
その他の地名:稲田堤
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/3,000で作成された原寸図で、図郭外の上・下・左には印刷図の寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれているが、図郭外にある修正指示を除けば、手描きの痕跡がほとんどなく、地図用紙に複写した図のように見える。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の下部を東西に流れる多摩川をはさみ、北側が現在の調布市、南側が川崎市多摩区にあたる。
・右上に描かれた「京王閣」は、1927(昭和2)年に開館し、「東京の宝塚」と称された娯楽施設である。園内には大浴場のほか、プール、ボート場、運動場、遊具などが整備され、多くの来園者でにぎわったという。戦後は占領軍向けのレジャー施設として利用され、現在は競輪場となっている。なお、「京王閣遊園(リーフレット)」をもとにした当時の園内の様子はこちらで確認できる。
・中央上に描かれている「大映東京撮影所」は、1933(昭和8)年に日本映画多摩川撮影所として開所したのが始まりである。1942(昭和17)年には大日本映画東京第二撮影所となり、戦後も数多くの映画やテレビドラマが制作された。現在、この敷地には角川大映スタジオや都立調布南高等学校などが立地している。
・図の下部を流れる多摩川の堤防としての役割を持つ道路には「稲田堤」と注記されている。道路の両側には並木の記号が描かれており、これは桜を示す。稲田堤は桜の名所として知られたが、戦後の護岸工事や道路整備により、昭和40年代にはその姿を消したとされる。
・左下の川崎市側の地名の右に、地図記号でいう「徒橋」と幅員2mの道路が多摩川を渡るように描かれている。この場所には、多摩川の渡しとして「菅の渡し」があったと伝えられているが、平常時にはこの簡易な橋が利用され、増水時には渡し舟が使われていたと考えられる。