西19-8 連光寺

三千分一地形図「東京西部」西19-8 連光寺(原図)
西19-8 連光寺(原図)
「西19-8 連光寺」と同じ範囲の現在の地図
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「西19-8 連光寺」の情報
属性 内容
図番・図名 西19-8 連光寺(れんこうじ)
測量・測図年 昭和19年2月
地図の種類 原図、印刷図
地図の区分(描図法) 縮小図
地図に含まれる現在の行政名・町名 多摩市連光寺、稲城市大丸
地図に表示されている注記 行政名:稲城村、多摩村、南多摩
町名・集落名:連光寺
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/4,000で作成された縮小図で、左上には印刷図に仕立てる際の図郭の引き伸ばし寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれており、主要な地名や地物の注記は貼り込みで示されている。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の左側約3分の1が多摩市、残りが稲城市の範囲である。旧町村の変遷については前述しているため、ここでは触れない。
・原図の図郭外左上には「道路南方は軍機保護法適用地」と記されている。この「道路」とは、左辺中央から右上隅へ向かって走る川崎街道のことで、その東~南側には多数の家屋が描かれている。これらは「日本陸軍火工廠多摩火薬製造所」の建物であり、右隣図(西19-9 大丸)にかけて山間部の谷沿いに広がっている。
・本図で特筆すべき点は、原図に軍事施設が描かれていた場合、通常は印刷図にする際に地物遮蔽が施され白地化されることが多いにもかかわらず、この図では印刷図にも原図と同じ建物がそのまま描かれていることである。軍機保護法は「軍事上の機密を保護するため、秘密の探知・収集・漏洩などを禁じ、違反者を処罰する法律」で、1899年に制定され、1937年に大幅な改正が行われた。陸軍参謀本部に属する陸地測量部職員が軍機保護法の規定を理解していなかったとは考えにくく、印刷図作成時に遮蔽処理が何らかの理由で行われなかった可能性がある。単純な作業上の失念だけでなく、当時の運用基準の揺らぎや、印刷図の配布範囲・用途が限定的であったことなど、複数の要因が重なった結果として遮蔽が施されなかった可能性も否定できない。
③その他
・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。
・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか