西27-2 七番組北

三千分一地形図「東京西部」西27-2 七番組北(原図)
西27-2 七番組北(原図)
「西27-2 七番組北」と同じ範囲の現在の地図
「西27-2 七番組北」と同じ範囲の現在の地図

「西27-2 七番組北」の情報
属性 内容
図番・図名 西27-2 七番組北(ななばんぐみきた)
測量・測図年 昭和18年4月
地図の種類 原図のみ
地図の区分(描図法) 原寸図
地図に含まれる現在の行政名・町名 立川市柏町・幸町、小平市中島町、東大和市桜が丘・南街、武蔵村山市大南
地図に表示されている注記 行政名:小平村、砂川村、村山村、大和村
河川・池沼・上水名:伊豆殿堀、玉川上水
会社・工場名:日立航空機製作所
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/3,000で作成された原寸図で、図郭外の上・下には印刷図の寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれているが、手描きの痕跡がほとんどなく、地図用紙に複写した図のように見える。
・図郭外上に記されている上隣図名「奈良橋南」は「奈良橋南部」の誤記と考えられるが、本図の方が先に作成されているため、その後に図名が変更された可能性もある。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の大部分は、玉川上水より北側が現在の東大和市、南側が立川市である。右側の玉川上水と野火止用水(伊豆殿堀)に挟まれた区域が小平市、左上隅に武蔵村山市が見える。
・図に記されている「大和村」は、1954(昭和29)年に大和町となり、1970(昭和45)年の市制施行により東大和市となった。「小平村」は、1944(昭和19)年に小平町となり、1962(昭和37)年の市制施行により小平市となった。他の旧村の変遷については前述しているため、ここでは触れない。
・図の中央上に描かれている「日立航空機製作所」は「日立航空機製作所立川工場」であり、立川飛行機製作所で組み立てられていた複葉練習機(主翼が2枚ある訓練用の飛行機)のエンジンを製造していた。工場は 1938(昭和13)年に完成し、北東側には社宅・寮・福利施設が整備された。この一帯は「南街(みなみまち/なんがい)」と呼ばれ、「東京西部」の 4 図幅にまたがって描かれている。立川工場の最盛期(1944 年 9 月)には就業者数が 13,000 人を超えたとされる。同工場は空襲により壊滅的被害を受けたが、構内の変電所が残り、戦争遺構として保存されている。
・野火止用水は 1655(承応4)年、川越藩主・松平伊豆守信綱により、武蔵野開発の一環として開削された用水路で、「伊豆殿掘」とも呼ばれる。本図の現在の小平市中島町付近で玉川上水から分水し、埼玉県新座市を通って新河岸川(志木市)へ至る全長約 24 km の水路である。