西27-8 北立川

西27-8 北立川(原図)

「西27-8 北立川」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西27-8 北立川(きたたちかわ) |
| 測量・測図年 | 昭和18年1月 |
| 地図の種類 | 原図、印刷図 |
| 地図の区分(描図法) | 詳細原寸図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 立川市泉町・高松町・栄町・曙町、国分寺市西町、国立市北 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:北多摩、砂川村、立川市 町名・集落名:南砂川組、高松町 学校・教育・運動施設名:昭和第一工業学校、立川高女校、立川第四校 会社・工場名:立川飛行機工場 建物・住宅名:立川飛行機寄宿舎 病院・厚生施設名:立川飛行機病院 陸軍施設名:陸軍航空技術学校、陸軍獣医資材本廠 |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・縮尺は1/3,000、等高線は1m間隔で描かれている。図郭外に貼り込まれた測量年・縮尺バーなど4か所の整飾を除けば、地図面は細密で統一感のある線描で構成されている。 ・「東京西部」の原図群の中でもとりわけ完成度が高く、本サイトではその精度を踏まえて「詳細原寸図」としている。 ・原図はデジタル化時点の影響か全体的に薄暗く、左下には"しみ"が広がっている。印刷図は他の図と同じ仕上がりであるため、原図の保管状況によるものと考えられる。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・図の大部分は現在の立川市に相当し、右上隅には国分寺市、右下隅には国立市がわずかに含まれている。左下に記されている「立川市」は、1940(昭和15)年に東京府で東京市・八王子市に次いで3番目に市制施行して成立し、1963(昭和38)年に砂川町を編入して現在の市域となった。 ・本図も軍事施設または軍需工場の敷地が大部分を占めている。「西27-4 四番組」で説明した「立川飛行機製作所」関連の「立川飛行機工場」「立川飛行機寄宿舎」「立川飛行機病院」が詳細に描かれ、左下隅には「陸軍航空技術学校」の建物が記されている。 ・右下に描かれている「陸軍獣医資材本廠」は、1940(昭和15)年に開設された軍事施設で、軍用動物(軍馬・軍犬・軍鳩)を対象とした獣医資材(蹄鉄(かなぐつ)や蹄釘(かなくぎ))および衛生材料(軍医が使う器具・薬品・消耗品など)の製造・貯蔵を担っていた。構内には巨大な蹄鉄工場や蹄釘製造工場があり、轟音が周囲に響いていたという。現在、この場所は陸上自衛隊東立川駐屯地となっている。 ・右上に描かれている「昭和第一工業学校」は現在の昭和第一学園高等学校にあたる。左下に描かれている「立川第四校」は現在の立川市立第五小学校、「立川高女校」は現在の立川女子高等学校にあたる。 ③その他 ・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。 ・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか |