西39-1 大和田

西39-1 大和田(原図)

「西39-1 大和田」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西39-1 大和田(おおわだ) |
| 測量・測図年 | 昭和19年3月 |
| 地図の種類 | 原図のみ |
| 地図の区分(描図法) | 縮小図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 八王子市富士見町・大和田町・明神町・石川町、日野市旭が丘 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:七生村、八王子市、日野町、南多摩 町名・集落名:石川町浅倉野、大谷町、大和田町、明神町 官公庁・研究所名:八王子市役所小宮出張所 会社・工場名:岳南工業会社八王子工場、加藤工場、中野篩絹会社、日本ゴム工業会社八王子工場 建物・住宅名:小西六日野工業会社寄宿舎 神社・寺院・宗教施設名:八幡神社、日枝神社 鉄道名:八高線 道路名:甲州街道 橋梁名:大和田橋 河川・池沼・上水名:浅川 その他の地名:八王子鍛錬馬場 |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・縮尺1/4,000で作成された縮小図で、左上には印刷図に仕立てる際の図郭の引き伸ばし寸法が記されている。 ・等高線は5m間隔で描かれており、主要な地名や地物の注記は、書き込みと貼り込みが混在している。 ・本図には、他の原図で図郭外右上に朱色で押印されている「軍事秘密」の表示が見られない。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・図の大部分は現在の八王子市に相当し、右下隅に日野市の区域が含まれる。 ・図に記されている「八王子市」は、1917(大正6)年に東京府で東京市に次いで2番目に市制施行して成立し、その後、1955(昭和30)年に加住村・横山村・元八王子村・恩方村・川口村・由井村、1959(昭和34)年に浅川村、1964(昭和39)年に由木村を編入して現在の市域となった。「七生村」は、1958(昭和33)年2月に日野町に編入され、同年11月の日野町の市制施行により日野市となった。 ・図の左辺上から下辺右へ連続する等高線の密集は、段丘面と低地を分ける段丘崖である。北~東側が段丘面、西~南側が「浅川」が形成した氾濫平野である。浅川は奥多摩南部の山地を水源とする一級河川で、日野市落川で多摩川に合流する(西29-3 浅川口)。 ・図の左中央には「中野篩絹会社」の注記と建物が描かれている。「篩絹(ふるいぎぬ)」は粉や穀物をふるい分けるために用いられた絹製のふるい布で、現代の金属製ふるいの網に相当する。「中野篩絹会社」はこれを製造していた工場と分かるが、本図に描かれているその他の工場については確認できる資料が少なく、詳細は不明である。 |