西4-5 野田北

三千分一地形図「東京西部」西4-5 野田北(原図)
西4-5 野田北(原図)
「西4-5 野田北」と同じ範囲の現在の地図
「西4-5 野田北」と同じ範囲の現在の地図

「西4-5 野田北」の情報
属性 内容
図番・図名 西4-5 野田北(のだきた)
測量・測図年 昭和19年12月
地図の種類 原図、印刷図
地図の区分(描図法) 縮小図
地図に含まれる現在の行政名・町名 練馬区関町北・関町南・立野町、武蔵野市緑町・吉祥寺北町、西東京市東伏見
地図に表示されている注記 行政名:板橋区、北多摩、保谷町、武蔵野町
町名・集落名:吉祥寺野田北、坂上、下野谷、石神井関町三丁目、石神井関町二丁目、石神井立野町、窪東野
学校・教育・運動施設名、中央大学野球場、中島運動場、プール、早稲田大学運動場
建物・住宅名:青年学校寄宿舎、明正学寮
病院・厚生施設名:慈雲堂病院
道路名:青梅街道
橋梁名:北裏橋、吉祥寺橋、更新橋、西窪橋、東北湖橋
河川・池沼・上水名:千川上水、富士見池
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/4,000で作成された縮小図で、左上には印刷図に仕立てる際の図郭の引き伸ばし寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれており、主要な地名や地物の注記は、書き込みと貼り込みが混在している。
・この図の作成年は「昭和19年12月測図」と記されているが、西4の9面のうち「西4-5 野田北」「西4-7 玉川上水」を除く7面は「昭和18年12月測図」となっている。しかし、原図の押印欄に記された担当者名は9面すべて同一で、図柄の特徴もよく似ているため、作成年の差異には疑問が残る。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の左上隅は現在の西東京市、その右側の上半分は練馬区、下半分は武蔵野市の範囲に相当する。旧区町の変遷については前述しているため、ここでは触れない。
・図下中央の「明正学寮」は、成蹊学園旧制高等学校の寄宿舎であり、高等科第1学年の生徒全員がここで寮生活を送っていた。
・図の左辺にある白地部分は、隣接図から続く中島飛行機武蔵製作所の工場施設で、透過により建物群の存在が確認できる。武蔵製作所は複数の図幅にまたがって描かれており、注記だけでも関連施設が数ヶ所に及ぶ。注記のない建物も含めると、その地域に与えた影響の大きさは非常に大きかったことがうかがえる。
③その他
・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。
・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか