西47-3 拝島渡

西47-3 拝島渡(原図)

「西47-3 拝島渡」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西47-3 拝島渡(はいじまわたし) |
| 測量・測図年 | 昭和19年5月 |
| 地図の種類 | 原図、印刷図 |
| 地図の区分(描図法) | 縮小図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 八王子市滝山町・高月町、昭島市拝島町 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:加住村、北多摩、昭和村、拝島村、南多摩 町名・集落名:丹木本丹木 神社・寺院・宗教施設名:少林寺 鉄道名:砂利運搬用軌道 河川・池沼・上水名:多摩川 その他の地名:古峯ヶ原、拝島渡 |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・縮尺1/4,000で作成された縮小図で、左上には印刷図に仕立てる際の図郭の引き伸ばし寸法が記されている。 ・等高線は5m間隔で描かれており、主要な地名や地物の注記は、書き込みと貼り込みが混在している。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・本図は、南西側が現在の八王子市、北東側が昭島市に区分される。図に記されている「拝島村」と「昭和村」は、1954(昭和29)年に合併し、市制施行によって昭島市となった。旧加住村の変遷については前述しているため、ここでは触れない。 ・図の右辺中央、多摩川上に舟の記号と破線が描かれているが、これは渡し船を示す「人渡」の記号である。原図には注記がないものの、印刷図には図名にもなっている「拝島渡」が記されている。「拝島の渡し」は日光街道の渡し場として江戸時代以降利用が盛んで、昭和10年代には八王子-川越間を結ぶ定期バスがこの渡し船で多摩川を横断していたと伝えられている。 ・右隣図「西38-1 大神」には「建築中の道路」を示す二重破線が描かれているが、本図の接合部分ではその記号が削除された痕跡がある。東京府は多摩川に橋を架ける計画を決定し、1939(昭和12)年に工事を開始したが、1942(昭和17)年5月に中断された。本図の作成時点で、この中断情報が正式に陸地測量部へ伝わり、記号が消去されたものと考えられる。 ・図の左下の丘陵地には「古峯ヶ原(こぶがはら)」の注記と、「亭」(てい;あずまや)の記号が描かれている。現在、この地は「古峯ヶ原園地」と呼ばれ、滝山城跡を巡るハイキングコースの中継地点となっている。 ③その他 ・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。 ・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか |