西6-1 深大寺

西6-1 深大寺(印刷図)

「西6-1 深大寺」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西6-1 深大寺(じんだいじ) |
| 測量・測図年 | 昭和18年11月 |
| 地図の種類 | 原図、印刷図 |
| 地図の区分(描図法) | 原寸図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 調布市深大寺元町・深大寺東町・深大寺南町・佐須町・調布ケ丘・柴崎 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:北多摩、神代村 町名・集落名:絵堂、上佐須、佐須、下佐須、宿、深大寺、野ヶ谷、又住 神社・寺院・宗教施設名:深大寺 その他の地名:神代村大緑地(「縁地」は誤記) |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・縮尺1/3,000で作成された原寸図である。 ・等高線は5m間隔で描かれているが、図郭外にある修正指示を除けば、手描きの痕跡がほとんどなく、地図用紙に複写した図のように見える。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・図の全域が現在の調布市にあたる。図の中央に記されている「神代村」は、1952(昭和27)年に神代町となり、1955(昭和30)年に調布町と合併して調布市が発足した。 ・図の中央付近には、35m~50mの等高線が東西方向に複雑に入り組んで描かれている。これは、武蔵野段丘面と立川段丘面を分ける段丘崖で、国分寺崖線と呼ばれる。水田の記号が見られる部分は、この段丘を刻む谷底平野である。ここの地形は、地理院地図(土地条件図〈初期整備版〉+陰影起伏図)で理解しやすい。 ・図の中央上に記されている「神代村大緑地」(「縁地」は誤記)は、昭和15(1940)年に東京緑地計画の一つとして都市計画決定されたものである。同計画では、砧(世田谷区)、小金井(小金井市ほか)、舎人(足立区)、水元(葛飾区)、篠崎(江戸川区)なども緑地として位置づけられた。現在、この区域は神代植物公園となっている。 ・図名にもなっている「深大寺」は、天平5(733)年に満功上人が開山したと伝えられ、東京では浅草寺に次ぐ歴史を持つ古刹である。 ・深大寺の南側には城址の記号が描かれている。これは標高約50mの舌状台地の突端部に築かれた深大寺城跡で、16世紀前半に南関東で展開した上杉氏と小田原北条氏の攻防の中、扇谷上杉氏が再興した戦国時代前期の城館跡である。 ・深大寺城跡の台地と、その対面の台地の間を刻む谷は、現在は神代植物公園の水生植物園となっている。深大寺周辺から流れ下る水が集まって湿地帯となっていた場所に、木道などを整備して公開したものである。 ③その他 ・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。 ・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか ・原図は現在掲載していない |