「東京西部」の見どころ

はじめに

三千分一地形図「東京西部」は、戦前の多摩地域の姿を克明に記録した貴重な地図です。鉄道・住宅・水利・地形・治水・産業・農業景観といった多様な要素が、1枚の地図の中に緻密に描き込まれています。本資料では、地図から読み取れる“当時の暮らしの息づかい”を、7つのテーマに分けて紹介します。本資料を通じて、地図が語る"戦前の多摩の姿"をぜひ感じ取っていただければ幸いです。

(1)八王子駅内の線路の表現

多摩地域の主要ターミナルである八王子駅は、戦前から大規模な駅でした。「東京西部」では、その複雑な構内が驚くほど精密に描かれています。大縮尺とはいえ、限られた地図用紙の中に空中写真の情報を正確に落とし込む製図技術には、ただただ感嘆するばかりです。

【地図から読み取れること】
・機関庫の西側には幅1.7cmの中に19本の線路、機関庫の東側には幅3.1cmの中に26本の線路が描かれている
・鉄道の線号(線の太さ)は0.1㎜、線路と線路の間の白部は0.2~0.4㎜、鉄道の幅は0.5㎜という規程の中で、これだけの線路を描き分けている
・現在は撤去されている転車台(2013年撤去)の姿も確認できる

八王子駅内の線路の表現

(2)吉祥寺の住宅街の塀(垣根)の表現

「東京西部」では、家屋を囲む囲壁が材料や視通(内外の見通し)の有無によって記号化されています。行動に制限がかかる中で、どのように情報を収集し、ここまで丁寧に描くことができたのか、興味が尽きません。

【地図から読み取れること】
・家屋は1軒ごとに形状を忠実に描画されている
・囲壁の記号(塀、柵、煉瓦壁など)を頭に入れ、地図上の道を周囲を眺めながら歩くと当時の住宅街の雰囲気を想像することができる

吉祥寺の住宅街の塀(垣根)の表現

(3)江戸時代の分水路の表現

国分寺市で発掘された「中藤新田分水(なかとうしんでんぶんすい)」の素掘りトンネル「胎内堀(たいないぼり)」が話題になりましたが(東京新聞Webニュース)、「東京西部」ではすでにその分水路が地表(実線)と地中(破線)に分けて描かれています。

【地図から読み取れること】
・分水路の経路が詳細に表現
・分水を利用した醤油醸造の建物も確認可能
・武蔵野台地を潤した各地の分水路の姿が一望できる
江戸期の水利の知恵が、戦時期の地図にも息づいています。

(4)1m等高線と土崖記号による地形表現

初期に作成された詳細原寸図では、等高線が1m間隔で描かれています。また、現在の地図記号である「土がけ」は「土囲・土堤」の記号として描かれていますが、地理院地図の陰影起伏図と対比すると、その精緻さが際立ちます。

【地図から読み取れること】
・陰影起伏図で確認できる段丘面の崖が1m等高線でくっきり浮かび上がる
・ 「土囲・土堤」の記号を盛土斜面と切土斜面で高低を描き分けている
「東京西部」を含む旧版地図は、現在の地図と比較することで様々なことを教えてくれる存在です。

1m等高線と土崖記号による地形表現

(5)多摩川の治水施設と玉川上水取水口

「東京西部」には、多摩川の左右岸に築かれた治水施設が詳細に描かれています。

【地図から読み取れること】
・玉川上水の羽村取水口は、現在の「羽村取水堰」とほぼ同じ形で描かれている
・多摩川河川敷の砂利運搬用軌道も描かれ、採取した砂礫を瑞穂町の陸軍の施設へ運んでいたことが読み取れる
80年以上前の治水の姿を知ることができる貴重な資料です。

多摩川の治水施設と玉川上水取水口

(6)関東大震災の復興を支えた砂利鉄道と砂礫採取場

1923(大正12)年に発生した関東大震災でレンガ造りの建物が崩壊し、以降鉄筋コンクリートの建物が多く建設されるようになりました。このコンクリートの需要が増えたことで、その材料である砂利の採取は盛んになり、多摩川が絶好の砂利採取地となっていきました。

【地図から読み取れること】
・砂利を運搬した軌道
・廃線となった立川-拝島間の五日市線の駅舎
・河川敷の地形・採取場の記号表現
なぜ多摩川が砂利採取に適していたのか、その理由まで読み取れる地図です。

(7)武蔵野台地の景観を表す畦畔茶

「東京西部」には畑の記号がなく、空白になっています。それを区切る地類(植生)界記号上に茶畑や桑畑の記号が重ね描きされていますが、これは畦畔茶(けいはんちゃ)と呼ばれるものです。関東ロームに覆われた武蔵野台地は、乾燥した冬の季節風によって畑の表土が飛散してしまうことがあり、それを防ぐために畑の畔に茶樹や桑が植えられたとのことです。

【地図から読み取れること】
・畑の境界線に沿って茶樹・桑が植えられていた地域が一望でき、武蔵野台地の農業景観を復元できる
・畦畔茶が密に描かれている場所は、冬季の風害(表土の飛散)が特に問題となっていた地域と推測できる
・茶畑または桑畑の記号が地類界記号に重ね描きされており、当時の農家が防風・防砂のために工夫していた様子が読み取れる

武蔵野台地の景観を表す畦畔茶