西17-9 国分寺北部

西17-9 国分寺北部(原図)

「西17-9 国分寺北部」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西17-9 国分寺北部(こくぶんじほくぶ) |
| 測量・測図年 | 昭和17年12月 |
| 地図の種類 | 原図、印刷図 |
| 地図の区分(描図法) | 詳細原寸図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 小金井市貫井北町、小平市上水南町・回田町、国分寺市本多・本町 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:北多摩、小金井町、国分寺町、小平村 町名・集落名:上ノ井、国分寺、下ノ井、鈴木新田、殿ヶ谷戸、中ノ井、貫井、貫井坂上、野中新田、札ノ丘、堀鈴木、堀野中、本多新田、回田 陸軍施設名:第五陸軍技術研究所、第三陸軍技術研究所 |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・縮尺は1/3,000、等高線は1m間隔で描かれている。図郭外に貼り込まれた測量年・縮尺バーなど4か所の整飾を除けば、地図面は細密で統一感のある線描で構成されている。 ・「東京西部」の原図群の中でもとりわけ完成度が高く、本サイトではその精度を踏まえて「詳細原寸図」としている。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・図には、現在の小平市・国分寺市・小金井市の区域が含まれている。図に記されている「小金井町」は、1958(昭和33)年の市制施行により小金井市になった。他の旧町村の変遷については前述しているため、ここでは触れない。 ・印刷図の右半分は行政名以外が白地化されているが、原図には「第三陸軍技術研究所」「第五陸軍技術研究所」の注記と施設配置が描かれている。陸軍技術研究所は、兵器およびその材料の審査・制式統一・検査、ならびに陸軍技術の調査・研究を目的として1919(大正8)年に設置された組織で、第一・第三・第五・第七・第八の5研究所が都心部から移転してきた。このうち本図に描かれているのは第三・第五の両研究所である。戦後、跡地には東京学芸大学や情報通信研究機構などが立地している。 ・陸軍技術研究所の敷地内では、右辺中央から図中央に向かって谷状の等高線が描かれている。谷底面と台地面の比高差は約7mあり、東方へ続く仙川の源流にあたる地形と考えられる。図には明確な水涯線は描かれていないものの、2本のケバ記号が並行して記されており、出水時にはここを水が流れて東へ向かったと推測される。 ・左下には国分寺駅から北へ延びる道路(駅前通り)が描かれ、道路沿いにはハッチのない白抜きの家屋が立ち並んでいる。これは商店建築を示すものと考えられ、初期の「東京西部」作成段階では図式がまだ完全に確定されていなかったことを示唆している。 ③その他 ・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。 ・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか |