西18-1 国立東部

西18-1 国立東部(印刷図)

「西18-1 国立東部」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西18-1 国立東部(くにたちとうぶ) |
| 測量・測図年 | 昭和18年3月 |
| 地図の種類 | 原図、印刷図 |
| 地図の区分(描図法) | 詳細原寸図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 府中市武蔵台、国分寺市光町・富士本・日吉町・内藤・西恋ヶ窪・泉町、国立市北・東・中 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:国分寺町、西府村、谷保村 町名・集落名:国立、戸倉新田、内藤新田、本宿、谷保 飛地名:青柳飛地、榎戸新田飛地、戸倉新田飛地、府中町飛地、平兵衛新田飛地 学校・教育・運動施設名:商大専門部 病院・厚生施設名:国立病院 神社・寺院・宗教施設名:應善寺 鉄道名:中央本線 |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・縮尺は1/3,000、等高線は1m間隔で描かれている。図郭外に貼り込まれた測量年・縮尺バーなど4か所の整飾を除けば、地図面は細密で統一感のある線描で構成されている。 ・「東京西部」の原図群の中でもとりわけ完成度が高く、本サイトではその精度を踏まえて「詳細原寸図」としている。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・この図には、現在の国分寺市・国立市・府中市に相当する区域が含まれている。 ・図に記されている「谷保村」は、1951(昭和26)年に国立町となり、1967(昭和42)年の市制施行によって国立市となった。「西府村」は、1954(昭和29)年に府中町・多磨村と合併し、市制施行により府中市となった。「国分寺町」は、1964(昭和39)年の市制施行によって国分寺市となっている。 ・左上隅から下辺中央右にかけて等高線が密に描かれており、これは段丘崖(国分寺崖線)を示す。崖線の東側は武蔵野段丘面で、地類(植生界)記号の上に茶畑や桑畑の記号が重ねて描かれていることが分かる。これは「畦畔茶(けいはんちゃ)」と呼ばれるもので、関東ロームに覆われた武蔵野段丘面では、冬季の乾燥した季節風によって畑の表土が飛散するのを防ぐため、畑の畔に茶樹や桑が植えられていた。 ・図の左側には格子状の道路が描かれているが、ここは「西17-5 小平学園西部」で述べたように、箱根土地株式会社が学園都市構想のもとで開発した地域である。その後、東京商科大学(現在の一橋大学)や国立音楽学校などの教育施設が移転・建設され、学園都市としての性格が形成されていった。 ③その他 ・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。 ・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか ・原図は現在掲載していない |