西18-5 国分寺趾

三千分一地形図「東京西部」西18-5 国分寺趾(原図)
西18-5 国分寺趾(原図)
「西18-5 国分寺趾」と同じ範囲の現在の地図
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「西18-5 国分寺趾」の情報
属性 内容
図番・図名 西18-5 国分寺趾(こくぶんじあと)
測量・測図年 昭和18年4月
地図の種類 原図のみ
地図の区分(描図法) 原寸図
地図に含まれる現在の行政名・町名 府中市武蔵台・東芝町・栄町・晴美町・幸町、国分寺市西元町・東元町
地図に表示されている注記 行政名:国分寺町、府中町
飛地名:府中町飛地
官公庁・研究所名:府中刑務所
会社・工場名:芝浦電機府中工場(透過可能)
病院・厚生施設名:国府園
鉄道名:下河原貨物線
遺跡・城跡名:国分寺趾
豆知識 ①地図全体の特徴 ・縮尺1/3,000で作成された原寸図で、図郭外の上・下には印刷図の寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれているが、手描きの痕跡がほとんどなく、地図用紙に複写した図のように見える。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の上から約3分の1が現在の国分寺市域で、残りは府中市に相当する。旧町の変遷については前述しているため、ここでは触れない。
・図の下中央右寄りでは、府中刑務所の構内から線路が外部へ延びている様子が描かれている。この線路は下河原貨物線に並行して敷設され、最終的には「西18-9 府中東北部」に描かれている陸軍燃料廠構内まで続いている。しかし、この線路がどのような用途で使われていたのかは判然としない。
・左下の白紙で地物が覆われている区域は「芝浦電気府中工場」で、1941年に操業を開始した。電気機関車や電鉄用品を主に製造していたが、1944(昭和19)年1月には軍需会社の指定を受けたと伝えられている。これまでの『東京西部』の地図では、作成時点で軍事施設・軍需工場であった場合に地物を遮蔽する例が多かった。しかし本図の作成年(昭和18年4月)当時、同工場は業務内容から民需工場と考えられるため、あえて遮蔽された理由は明確ではなく、何らかの事情があった可能性がある。