西18-6 新宿山谷

三千分一地形図「東京西部」西18-6 新宿山谷(原図)
西18-6 新宿山谷(原図)
「西18-6 新宿山谷」と同じ範囲の現在の地図
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「西18-6 新宿山谷」の情報
属性 内容
図番・図名 西18-6 新宿山谷(しんしゅくさんや)
測量・測図年 昭和18年4月
地図の種類 原図のみ
地図の区分(描図法) 原寸図
地図に含まれる現在の行政名・町名 府中市栄町・新町・幸町・天神町・浅間町、小金井市、国分寺市東元町・貫井南町
地図に表示されている注記 行政名:小金井町、国分寺町、多磨村(「多摩村」は誤記)、府中町
町名・集落名:新宿山谷
学校・教育・運動施設名:興亜通信工学院、東京高等農林学校、明星中学校
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/3,000で作成された原寸図で、図郭外の上・下には印刷図の寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれているが、図郭外にある修正指示を除けば、手描きの痕跡がほとんどなく、地図用紙に複写した図のように見える。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の大部分は現在の府中市域に相当し、左上隅に国分寺市、右上に小金井市が含まれる。図に記されている「多摩村」は、正しくは「多磨村」の誤記と考えられる。「多磨村」は、1954(昭和29)年に西府村・府中町と合併し、市制施行によって府中市となった。他の旧町の変遷については前述しているため、ここでは触れない。
・左下に描かれている「東京高等農林学校」は、1935(昭和10)年に東京帝国大学農学部付属実科が独立して設立された学校である。戦後は東京繊維専門学校(旧・東京高等蚕糸学校)と統合され、新制大学としての東京農工大学へと発展した。また、その上に描かれている「明星中学校」は、現在の明星中学校・高等学校にあたる。
・図の左上に描かれている「興亜通信工学院」は、戦時期に府中市内に存在したとされる通信技術系の教育機関である。なお、「西11-9 境北部」で触れた「興亜専門校」(現・亜細亜大学の前身)とは別の学校である。