西28-1 立川西部

西28-1 立川西部(原図)

「西28-1 立川西部」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西28-1 立川西部(たちかわせいぶ) |
| 測量・測図年 | 昭和18年1月 |
| 地図の種類 | 原図、印刷図 |
| 地図の区分(描図法) | 詳細原寸図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 立川市富士見町・曙町・緑町・柴崎町・錦町 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:立川市 町名・集落名:曙町、柴崎町、富士見町 官公庁・研究所名:蚕業試験場 学校・教育・運動施設名:立川国民校、立川第三校、府立二中 会社・工場名:東亜飛行機 病院・厚生施設名:立川陸軍病院、立川陸軍病院分病室 神社・寺院・宗教施設名:諏訪神社 鉄道名:五日市線、青梅電気鉄道、中央本線、南武鉄道 駅名:たちかわ、むさしうえのはら 陸軍施設名:立川飛行場、立川陸軍航空廠、陸軍航空技術学校 |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・縮尺は1/3,000、等高線は1m間隔で描かれている。図郭外に貼り込まれた測量年・縮尺バーなど4か所の整飾を除けば、地図面は細密で統一感のある線描で構成されている。 ・「東京西部」の原図群の中でもとりわけ完成度が高く、本サイトではその精度を踏まえて「詳細原寸図」としている。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・図の全域は現在の立川市に相当する。中央に記されている「立川市」は、1940(昭和15)年に東京府で東京市・八王子市に次いで3番目に市制施行して成立し、1963(昭和38)年に砂川町を編入して現在の市域となった。 ・本図の上半分に描かれた「青梅電鉄鉄道」(現在のJR青梅線)より北側には、陸軍関係の施設が配置されている。左上隅の「立川陸軍航空廠(陸軍航空廠立川支廠)」は、航空器材や燃料の調達・補給、飛行機の修理などを担う施設で、1935(昭和10)年に設置された。また、右上隅の「陸軍航空技術学校」は、航空技術将校を育成する航空技術関係の最高学府で、1939(昭和14)年に所沢から立川へ移転した。なお「立川飛行場」については「西27-4 四番組」で述べているため、ここでは触れない。 ・右上に描かれている「立川陸軍病院」(「立川陸軍病院分病室」を含む)は、1922(大正11)年に陸軍航空部隊附属の医療機関として創設され、翌年「立川陸軍病院」となった。現在は北側に移転し、国立病院機構災害医療センターとして災害医療の中核を担っている。 ・図の右下に描かれている「立川国民校」は現在の立川市立第一小学校、右下隅の「府立二中」は現在の都立立川高等学校にあたる。また、左下の「立川第三校」は現在の立川市立第四小学校に相当する。 ・右下の立川国民校の東側に描かれている「蚕業試験場」は、1916(大正5)年に設置された養蚕の試験・研究・技術指導を行う施設で、多摩地域の蚕業振興に重要な役割を果たした。現在、跡地の一角に「蚕糸振興記念碑」が建立されている(地理院地図にも地図記号を記載)。 ・図の右辺中央に描かれた「立川駅」の南側には白紙が貼られているが、これは中央本線の線路を地物遮蔽したものである。軍事施設や軍需施設に限らず、インフラ施設にも同様の処理が施されている。 ③その他 ・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。 ・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか |