西3-9 三宝寺池

三千分一地形図「東京西部」西3-9 三宝寺池(原図)
西3-9 三宝寺池(原図)
「西3-9 三宝寺池」と同じ範囲の現在の地図
「西3-9 三宝寺池」と同じ範囲の現在の地図

「西3-9 三宝寺池」の情報
属性 内容
図番・図名 西3-9 三宝寺池(さんぽうじいけ)
測量・測図年 昭和18年9月
地図の種類 原図、印刷図
地図の区分(描図法) 縮小図
地図に含まれる現在の行政名・町名 練馬区東大泉・石神井町・石神井第
地図に表示されている注記 行政名:板橋区
町名・集落名:上石神井二丁目、下石神井二丁目、東大泉町
神社・寺院・宗教施設名:氷川神社
鉄道名:武蔵野鉄道
道路名:富士街道
河川・池沼・上水名:三宝寺池
その他の地名:日本銀行石神井錬成場
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/4,000で作成された縮小図で、左上には印刷図に仕立てる際の図郭の引き伸ばし寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれており、主要な地名や地物の注記は、書き込みと貼り込みが混在している。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図に描かれた範囲は、現在の練馬区に相当する。図では「板橋区」と記されているが、当時はまだ練馬区が成立していなかった。
・図の右下、三宝寺池北側には破線枠と斜線で示された無壁舎の建物群が描かれている。「多摩地形図」の説明では「燃料補給廠」とされることがあるが、地図上には軍事施設特有の土壁などの囲壁が見られず、地類(植生界)で区切られているだけである。また、公開資料からもこの付近に燃料補給廠が存在したことを示す情報は確認できず、空中写真の判読でも軍事施設らしい配置は認められない。現時点では軍事施設と断定する根拠は乏しいと考える。
・図の中央上に描かれた「文」記号の建物群は東京都大泉師範学校で、現在は東京学芸大学附属の小学校・国際中等教育学校となっている。
・この「文」記号の周辺には、植物学者・牧野富太郎博士の旧居があった地域として知られており、現在は記念庭園が整備されている。
・富士街道の南側に沿って流れているのは、1871(明治4)年に開削された田柄用水である。田無用水から分水し(分水の様子は「西11-3 田無」に描かれている)、武蔵野台地の新田開発を支える農業用水として東流した。「東京西部」の地図には、その流路がより広い範囲で示されている。現在、その姿を偲ぶことができるのは、図の左隅に位置する、現在の「けやき憩いの森」となっている一角のみである。
③その他
・地図・空中写真閲覧サービス(国土地理院)で印刷図を閲覧できる。
・参考文献:『多摩地形図』(之潮)ほか