西31-7 根岸

三千分一地形図「東京西部」西31-7 根岸(原図)
西31-7 根岸(原図)
「西31-7 根岸」と同じ範囲の現在の地図
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「西31-7 根岸」の情報
属性 内容
図番・図名 西31-7 根岸(ねぎし)
測量・測図年 昭和19年5月
地図の種類 原図のみ
地図の区分(描図法) 縮小図
地図に含まれる現在の行政名・町名 町田市矢部町・忠生・根岸・木曽西、相模原市中央区淵野辺・淵野辺本町
地図に表示されている注記 行政名:高座、相模原町、忠生村、南多摩
町名・集落名:嶽内工、木曽下矢部、山王平、山王平上、山王平下、新八王子道上、根岸、淵野邊
官公庁・研究所名:相模原憲兵分隊
学校・教育・運動施設名:相模原大野第二国民学校
建物・住宅名:工員宿舎
神社・寺院・宗教施設名:八幡宮、日枝神社
道路名:横浜街道
橋梁名:共和橋、根岸橋、両国橋
河川・池沼・上水名:境川
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/4,000で作成された縮小図で、左上には印刷図に仕立てる際の図郭の引き伸ばし寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれており、主要な地名や地物の注記は貼り込みで示されている。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の南北に流れる「境川」を境に、東側が現在の町田市、西側が相模原市中央区である。旧町村の変遷については前述しているため、ここでは触れない。
・左上の空白部分は「陸軍兵器学校」の敷地である。本来は建物等が描かれているはずだが、「原図『無描』」と称される地物遮蔽のため記載されていない。詳細は別資料を作成しているので、こちらを参照されたい。陸軍兵器学校は日本陸軍の教育機関の一つで、前身校は明治初期に設立され、1938(昭和13)年に陸軍工科学校としてこの地に移転し、1940(昭和15)年に陸軍兵器学校と改称された。
・右上隅の太い道路は、「西31-4 常盤」で述べた通称「戦車道路」である。
・左下に描かれている「相模原大野第二国民学校」は、現在の相模原市立淵野辺小学校にあたる。