西37-9 西立川

西37-9 西立川(原図)

「西37-9 西立川」と同じ範囲の現在の地図
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 図番・図名 | 西37-9 西立川(にしたちかわ) |
| 測量・測図年 | 昭和17年6月 |
| 地図の種類 | 原図のみ |
| 地図の区分(描図法) | 詳細原寸図 |
| 地図に含まれる現在の行政名・町名 | 立川市緑町・富士見町、昭島市築地町・福島町・玉川町・東町・中神町・もくせいの杜 |
| 地図に表示されている注記 |
行政名:北多摩、昭和町、砂川村、立川市 町名・集落名:郷地、築地、中神、福島、緑町 建物・住宅名:工廠住宅、工廠宿舎、八日市住宅 鉄道名:青梅電鉄 駅名:にしたちかわ、ひがしなかがみ 陸軍施設名:火薬庫、技能者養成所、陸軍航空技術研究所、陸軍航空工廠、陸軍航空本廠立川支廠 |
| 豆知識 |
①地図全体の特徴 ・「東京西部」の原図群は昭和17年6月に最初の20面が作成され、本図はその中の1面として描かれたものである。 ・縮尺は1/3,000、等高線は1m間隔で描かれている。図郭外に貼り込まれた測量年・縮尺バーなど4か所の整飾を除けば、地図面は細密で統一感のある線描で構成されている。 ・「東京西部」の原図群の中でもとりわけ完成度が高く、本サイトではその精度を踏まえて「詳細原寸図」としている。 ②地図に描かれた内容から読み取れること ・図の大部分は現在の昭島市に相当し、右上および右下に立川市の区域が含まれる。 ・図に記されている「立川市」は、1940(昭和15)年に東京府で東京市・八王子市に次いで3番目に市制施行して成立し、1963(昭和38)年に砂川町を編入して現在の市域となった。他町村の変遷については前述しているため、ここでは触れない。 ・本図は、本サイトのトップページに「東京西部」の図例として掲載しているが、その大部分は陸軍関連施設で占められている。原図の存在が明らかになったことで、あまり知られていなかった戦前の軍事施設の様子が確認できるようになった点は意義が大きい。 ・図に描かれている「陸軍航空本廠立川支廠」は、航空器材や燃料の調達・補給、飛行機の修理などを担う施設で、1935(昭和10)年に設置された。「陸軍航空工廠」および「陸軍航空技術研究所」については、「西37-6 二番組南部」で詳述しているので参照されたい。また、戦時中の立川の様子をまとめた『写真と地図で見る「空都 立川」』という地図を作成しているので、こちらも参照されたい。 ・図の左下には、軍需工場の従業員が住む「工廠住宅」と「工廠宿舎」が描かれているが、その南側には「八日市住宅」と注記された住宅地が描かれている。この住宅地は、陸軍の協力の下、八日市屋清太郎氏によって建設され、別名「八清」とも呼ばれた。500戸の住宅のほか、市場、浴場、郵便局、映画館、公園などの福利施設が配置され、ロータリーを中心とした放射状の道路は現在も同じ形で利用されている。 |