「東京西部」の図式(地図記号)
はじめに
本ページでは、「東京西部」における地図記号(図式)の出典と特徴を明らかにし、読図の手がかりとなる資料を提示することを目的とします。
(1)既存研究と図式の位置づけ
清水(1996)は、「東京西部」について、非刊行図であったため記号表欄がなく、どの地形図図式を使用したかの注記もないと指摘し、内容から昭和十七年式地形図図式に準じたものと推定しています。また、清水編(2004)では参考として「昭和17年式5万分1地形図図式」が掲載されています。しかし、実際に「東京西部」の原図に記された記号と同図式を比較すると、該当しない記号が多数存在することが確認できました。
(2)「東京西部」で使用された図式の検討
地図作成には必ず何らかの基準や定義、すなわち「図式」が必要です。5万分1地形図図式では説明できない記号が多いことから、他に図式が存在すると考えて調査した結果、「東京西部」は 『昭和十七年制定 一万分一・二万五千分一地形図基本図式』(以下、「昭和17年式図式」という)を準用していることがわかりました。
(3)昭和17年式図式の概要
昭和17年式図式には、「5万分1・10万分1」用と「1万分1・2万5千分1」用の2種類が存在します。日本地図センター編(1994)によれば、前者は国内の地図にはほとんど適用されず、後者も2万5千分1地形図の数面に用いられたに過ぎなかったとされます。
(4)「東京西部」の地図記号一覧とその特徴
そこで、「東京西部」で表現されている地図記号を昭和17年式図式(1万分1・2万5千分1)の地図記号と対比し、「東京西部」の地物表現に使用されている主な地図記号を一覧にまとめました。そして、「東京西部」には以下のような特徴が見られました。
● 家屋記号
射影の短辺を細く、暗影側を太く描き、建物の形状が把握しやすくなっています。一般家屋は斜線で表現される一方、一定以上の高さを持つ軍事施設の建物は横線で描き分けられています。
● 囲壁・被覆
材料や視通の有無により細分化されており、現地状況の把握に役立ちます。
● 副記号・小物体・指示記号の多様性
昭和17年式図式には約270種類の記号があり、「実在するものは可能な限り記号化する」という姿勢がうかがえます。特に「市街地における公衆電話」の記号は注目に値します。
● 水平曲線(等高線)の分類
細かな分類により、平坦な武蔵野台地の微地形を読み取ることができます。
● 植生界・植生記号
現行図式に相当する植生界が丁寧に描かれており、当時の景観を想像しやすくなっています。なお、畑の記号が存在しないため白地が目立ちますが、明治初期の迅速図式以降、昭和40年式図式まで畑は「無記号」であったためです。ただし、この白地が畑なのか、あるいは地物遮蔽(後述)によるものかは、空中写真と比較しない限り判別が難しい状況です。
(5)削除対象記号の扱い
昭和17年式図式の通則には、国土防衛上の理由から削除すべき記号が定められています。
・削除すべき記号:地下鉄、軍の施設、造船所、火薬庫、飛行場、軍港、要港など
・所要に応じ削除すべき記号:高層建築物、工場、発電所、倉庫、銀行、給水塔、材料貯蓄場、電力線、堰など
しかし「東京西部」では、陸軍所轄施設、工場、倉庫、銀行、給水塔、材料貯蓄場、電力線、堰などが記号として描かれており、規定と実際の運用に差異があったことがわかります。
(6)昭和17年式図式にない記号
原図には、昭和17年式図式には見られない記号が9種類、さらに意味の判別ができない記号が2種類確認されました。図式にない記号の多くは、明治期に作成された図式を参照することで特定することができましたが、以下の2種類については手がかりが得られず、現時点では解読に至っていません。ここでは、その2例を紹介します。
1)不明な記号 その1
現在は西砂川街道と呼ばれていますが、横田基地の造成に伴い経路が変更される以前、この街道は五日市街道として、陸軍航空審査部と陸軍航空支廠熊川倉庫の間を通っていました。その街道沿いに位置する家並みの中の門の記号を付随した建物の上に、この不明な記号が描かれています。
古い図式にも類似の記号は確認できず、立川市の資料館にも問い合わせましたが、該当する情報は得られませんでした。
2)不明な記号 その2
現在は住宅地となっていますが、当時は一面に畑が広がる地域でした。"「東京西部」の見どころ"の『武蔵野台地の景観を表す畦畔茶』では、地類(植生)界記号の上に茶畑や桑畑の記号を重ね描きした例を紹介していますが、この不明な記号も同様に、何らかの地類を示す記号である可能性があります。
しかし、これも古い図式に類似の記号は見当たらず、現時点では特定できていません。
以上の2つの不明な記号について、何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、こちらまでご連絡ください。
終わりに
「東京西部」は、戦後に作成された国土基本図(都市計画図)の原型といえます。また、地図記号の読図だけで当時の風景を想像できる地図は多くなく、地図本来の役割を強く感じさせる資料です。
本ページの内容は、主に清水(1996)、清水編(2004)を参照した。詳細な参考文献は「参考資料」を参照。