西11-6 向台

三千分一地形図「東京西部」西11-6 向台(原図)
西11-6 向台(原図)
「西11-6 向台」と同じ範囲の現在の地図
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「西11-6 向台」の情報
属性 内容
図番・図名 西11-6 向台(むこうだい)
測量・測図年 昭和18年4月
地図の種類 原図のみ
地図の区分(描図法) 原寸図
地図に含まれる現在の行政名・町名 武蔵野市関前、西東京市向台町・南町・新町
地図に表示されている注記 行政名:田無町、保谷町
町名・集落名:上向台、下向台
官公庁・研究所名:逓信省電気試験所田無分室
会社・工場名:国産光学保谷工場、豊和重工業東京工場
豆知識 ①地図全体の特徴
・縮尺1/3,000で作成された原寸図で、図郭外の上・下・左には印刷図の寸法が記されている。
・等高線は5m間隔で描かれているが、図郭外にある修正指示を除けば、手描きの痕跡がほとんどなく、地図用紙に複写した図のように見える。
②地図に描かれた内容から読み取れること
・図の大部分は現在の西東京市に相当し、右下隅には武蔵野市の区域がわずかに含まれている。
・図に記されている「保谷町」と「田無町」は、1967(昭和42)年にそれぞれ市制施行して保谷市・田無市となり、2001(平成13)年に合併して西東京市となった。
・左辺中央には、1939(昭和14)年に開設された「逓信省電気試験所田無分室」の建物が、左隣の図幅にまたがる形で描かれている。同分室は戦後に数度の改称を経て、1979(昭和54)年に電子技術総合研究所として筑波研究学園都市(現在の茨城県つくば市)へ移転した。
・図の左下に描かれている「豊和重工業東京工場」は、兵器や工作機械の製造を行っていた軍需工場である。戦後は工場が姿を消し、現在はマンションなどの住宅地となっている。
・図の左上および右上隅には戦時集団住宅が描かれている。左上の住宅は「下宿住宅」、右上隅の住宅は「柳沢住宅」と呼ばれ、いずれも中島飛行機の従業員向けに建設されたものと考えられる。戦時集団住宅の詳細については別ページを参照されたい。